随に

まにまに

ベトナムへの旅

 

子はまだ路線バスに初めて乗ったばかりだというのに、飛行機に乗ってベトナムへ行くことにした。1ヶ月以上、海外出張をしている夫に会いに行くためだ。

自分にそんな大胆なことをする発想は無かったが、知り合いの方に「チャンス」と言われ、時間をかけて行くことを決意してチケットを手配した。

 

英語のヒアリングもままならないのに、6ヶ月の赤ちゃんを連れて行ったことのない国へ。

行くと決めたものの、不安でしかなかった。

成田空港の出国手続きですら、よくわからないというのに。

海外旅行経験のある友人や知人にありがたいアドバイスをもらい、「海外旅行 乳児連れ」で検索したりしながら日々を過ごした。

 

自分の旅行のパッキングも苦手なのに、子の分まで(日数以上に着替えやスタイが必要になるため、持ってる服とスタイのほとんどを)パッキングして、あっという間に出立の日を迎えた。

海外旅行好きな母に空港の手荷物検査の列まで付き添ってもらい、とうとう子とわたしの二人旅が始まった。

 

懸念していた飛行機の座席は、バシネット(簡易赤ちゃん用ベッド)を予約していたので、それが設置できるエコノミー最前列の席が取れていた。さらに幸運なことに満席ではなかったため、三人掛けシートの真ん中は空席で、少し気が楽になった。

座席の周りの人が話している言葉をそれとなく確かめてから、日本語やカタコトの英語で「赤ちゃんが泣いたらすみません」と伝えた(これが結構、わたしにとってはハードル高かった)。みなさん、笑顔で全然いいですよーとか、かわいいですね、と言ってくれて、本当にありがたかった。

それから、乳幼児連れだと優先搭乗が可能な場合が多いようだが、「赤ちゃんをキッズスペースなどで遊ばせて、疲れされたところにギリギリで搭乗すると早めに寝てくれる」という知識を得ていたので、ゲート集合時間を過ぎてもキッズスペースで放牧させていた。そして搭乗直前にトイレでおむつ替え。(機内でのおむつ替え、できなくはないんだろうけど難易度高そうだったので)

最後の方で搭乗すれば、周りの席の人への挨拶も一気に済ませられるという利点があることを知人から教わった。

 

事前に得た知識で、離発着時は授乳して赤ちゃんの耳抜きをするとよいとのことだったので、飛行機が陸上を動き始めてから授乳を開始。行きは成功したが、最後の最後、帰国時の着陸時だけは耳が痛くなってしまったらしく、少し泣かせてしまった。

ベルト着用サインが消えたらバシネットをCAさんが設置してくれて、寝てしまった子を横にした。子がだいぶ育っていたので、想像していたよりもきゅうきゅうに収まって眠っていた。(足をまっすぐ伸ばせないくらいの長さだった)

ベビーミールを予約しておいたが、子が寝ていたからか、「食べるか?」とも訊かれずに終了した。帰国便では日本人のCAさんだったからか「お子様が寝ていらっしゃるようですが、いかがいたしますか?」と丁寧に二度くらい確認しに来てくれた(中身に興味があったけど「自分が食べます!」とは言い出せなかった)。

行きの便では何度かぐずって泣き始めたが、秘技・授乳でその都度しのいだ。

話は逸れるが、アジアのゆるい空気の中、初の機内授乳をはじめ、青空授乳(遺跡の敷地内の隅っこで)、タクシー内授乳、ツアーバス内授乳、と色々経験した。日本のように授乳施設など無いし、赤ちゃんの食事は待ったなしなので。

機内では、子が寝てもバシネットから落ちないか、泣き出さないかと心配で、2〜30分ほどうつらうつらとした以外は眠れなかった。

ひと席空けて隣に座っていた(たぶん)ベトナム人女性が何度か子に笑いかけたりしてくれて、起きている子の指と握手したりしていたので、着陸前に抱っこしてもらった。

着陸してから降りる準備をする合間には、挨拶をした後ろの席の青年たちが「赤ちゃんかわいい」と交流してくれ、「俺と目が合ったら笑った〜!」と喜んでいる青年もいて、微笑ましかった。

は〜、着いた着いた、湿気がすごいですねえと思いながらおむつを替えた後、入国審査に向かったら、フロアを埋め尽くさんばかりの人、人、人…。どの列も進んでいるように見えず、赤ちゃんを抱っこしていたけれども、係員さんは忙しいのか優先レーンに案内されず、子がぐずり出したら、そらでお気に入りの絵本を暗唱したりした。

なんとか入国審査を通過し、トランクを拾い上げ、両替して水を買い、送迎の人をみつけてホテルまで送ってもらった。(ここで送迎中に何か世間話とかされたらどうしよう、と心配していたが、一切そんなことはなく、ドライバーさんは運転時間の半分以上を色んな人との電話に費やしていた)

 

ホテルに到着して、フロントの女性に英語で説明を受ける。インフォメーションの紙を示しながらゆっくりと話してくれたので、8割くらいは理解できたつもりだが、最後の最後に支払いについて何を言っているのかわからなかった(が、どうにかなった)。

しきりに15時からのアフタヌーンティーはフリーだから、カットしたフルーツもあります、と勧められた。夫に教えてもらったが、ベトナム人アフタヌーンティーを大事にしていて、会社でも15時になると自席でフルーツを切り始め、夫や他のスタッフにも配ってくれるという。いい文化だなあ。この日は疲れすぎていて行けなかったが、翌日からは、毎日アフタヌーンティーを利用した。

 

この夜、17日ぶりに夫とホテルで再会。疲れて寝ていたので、フロントからの電話で起こされてぽやぽやした頭のまま、生身の夫と対面。安心した。夫が異国へ旅立ったその日から、この子はわたしが守らねばならぬという緊張感を持ち続けていたので、それが束の間、緩んだ。

二日目、三日目は観光。ハロン湾では、子に生まれて初めての乗船体験をしてもらい、さらに三人でカヌーまで乗った。これはわたしも夫も初体験で、転覆しないかと非常に怖かった。四日目は主にお土産探し。そして、わたしが一人で食べてみたかったバインミーをおやつにがっついたり、夫の勧めでわたしだけホテルのスパを1時間受けてきたりした。ありがたい…。

ナイトマーケットの渋滞をゆるゆるとタクシーで進み、その夜にノイバイ空港へ。

夫が手荷物検査のフロアに入る手前まで来てくれ、ギリギリまで別れを惜しんだ。さまざまなことが去来して、頬を涙が伝った。

深夜0:35発の帰国便で日本へ。

ベルト装着サインが点きっぱなしのため、サイン点灯時はバシネットではなく膝の上に抱っこしてくださいとCAさんに言われたので、寝ている子(寝ると重くなる)を抱っこし続けていたが、他の赤ちゃんを見るとバシネットで眠ったまま…腕や背中・腰が限界を迎えそうだったのと、自分が眠れなかったので子をバシネットへ。日本人のCAさんは、バシネットにベルトがあることを丁寧に教えてくれて(行きの便でも教えてくれていたのかもしれないけど、英語だからわからなかったのか…)、ベルトを締めたら少し安堵してまどろんだ。のも束の間、ベトナム時間にして深夜3:00過ぎに機内朝食が運ばれてきた。食べたら目が覚めてしまい、そのまま着陸態勢へ。行きと飛行時間はそんなに変わらないはずなのに、あっという間に到着してしまったような気がした。

 

また夫と離れてしまったが、スリや言語の壁、交通事故の心配も格段に少ない母国に帰ったら、やはり安堵した。

そして、あり得ないと思っていた、子との海外旅行を完遂し、心配が杞憂に終わって本当によかったし、不思議とどこからか湧いてくる自信に自分でも驚いた。

ハードルが高すぎる、とお守りの意味も込めて借りていった翻訳機は、一度も使わずに返却した。何とかなるものなのだ。

夫に会える嬉しさよりも勝っていた大きな不安の元が自信に変わり、また子と二人だけの生活に戻るけれど、前半戦よりも肩の力を抜いて過ごせそうな気がしている。

思い切って、知人のアドバイス通りに行ってみて大正解だった。得たものは夢にも思わなかったほどに大きく、また家族三人で旅に出たいと強く思った。