随に

まにまに

休日

 

家には自分しかいない。

家族は自転車に乗って近所をサイクリングにでかけている。

わたしはソファで横になっている。

 

特に書きたいことがあるわけでもなく、今何を書いてもいつも以上に抽象的になりそうだとわかっていたけど、横になりながら友だちのブログを少し読んだらしていたら、文章を書きたくなった。

 

昨日は、たぶんかなしいことがあった。

それはまだ確定ではないんだけど、おそらくかなしい結果につながりそうな気がしている。

なので、何度も涙が出てきた。

病院はもうあたなはここに来ることはないよとでも言いたげに会計も驚くほど早く終わったけれど、そのまま帰ってすぐに仕事をする気にはなれず、久しぶりにカフェへと向かう。

おいしいカフェインレスのカフェオレにモーニング。食べながらも涙が滲む。

買い物をして帰って仕事して、保育園の迎えに行く道すがらも涙が出てくる。

気力が無い…と思いつつ、昨日と同じ毎日同じ子の食事と排泄と風呂と寝かしつけを済ませる。(同じじゃないけど)

夫がいつもより遅く帰ってくる。

夫の顔を見ただけで涙が出てくるので、隠れるように家事をしたりなんだり。安心したのだろうか。自分でも少し意外だった。やはり子を一人で面倒見てると自分がしっかりしなくては、という思いが無意識に連続しているのだと思う。夫が家に帰ってきたことで、緊張の糸が切れたのだろう。

 

何度も泣いて目を腫らして眠り、翌朝目覚めたら意外にもかなしみは重くのしかかって来なかった。目もそんなに腫れてなかった。一日だけの弔いで大丈夫だったのかなと思ったりもしたけれどこうやって思い出して文章にしているとやはり目からは温かいものが流れてくるのだった。

 

子は変わらずかわいらしい声で何ごとかを発声し、曇りのない笑顔をこちらに向けてくれる。

それが本当に何よりの救いで、言葉に表せないほどに尊いものだと思う。

 

まだ人生の途中で、これから先もまた何がしかのことが起こるのだろう。

ただ、その中の一日の記録として。

1+1/2

 

前回ここに記した日から176日が経過している。

 

わたしが職場復帰してから、夫は以前より早く起きるようになった(それでも我が家で一番最後まで布団にいますが、とつい余計なことまで書いてしまうけれど)。

朝、子をリビングに連れてきて、ご飯を食べさせ、着替えとおむつ替え、保育園へ送りに行ってくれる。

これだけで、育休中よりもだいぶ、だいぶ、負担がマシになった。誰よりも早く起きてカーテン開けて換気して、朝ごはん〜昼夜ご飯の支度、昨日の食器片付け、洗濯の下準備、保育園の連絡帳書きと持ち物準備はわたしがやるけど、前回の記事を読む限り、精神的にも今の方がかなりマシになっている(日中、働き出して他者との関わりが生まれたことも作用しているけれど)。よくあれで一年以上堪えてきたな、わたしは。というか、目の前にお世話をしないと生きていけない小さな生き物がいたら、何を置いてもそこが最優先になる。

 

ここでやや引っ掛かるのは、「働き出したから、助けてもらえた」という事実。

勤めていなければ、一人で子を育てている専業主婦は、手を差し伸べる対象ではないのだろうか?ずっと家にいるから、家事も育児も全てを負わなければいけないのだろうか?

家にいるのは(在宅勤務なので)今も同じで、最初のうちこそ、一年以上ブランクのある仕事を再開するのに(在宅保育も合わせ技となり)苦労したが、慣れてきた今、保育園で仕事中は子の面倒を見てもらえ(さらに家ではできないような多種多様な遊びや人との関わりまで学べ、栄養バランスのとれた食事まで食べさせてくれる上にここでは書ききれないほどの経験をさせてくれるし)、仕事の合間に余裕があれば家事もできる環境が、去年と比べてかなり恵まれていると感じる。夫も在宅勤務の日は、昼ご飯の支度を率先してやってくれるようになった。

 

去年、孤軍奮闘していたのはなんだったのか?

あの日々追い立てられるような、物音を立てるのにも神経を使いっぱなしで、隙間隙間の時間に焦って家事を詰め込むきつきつのワンオペレーションの日々。

喉元は過ぎ去ったけれども、忘れ難い。もっと肩の力を抜いていられたらよかったのにと思うけれど、わたしだからそれはやはり難しかっただろう。そして、その積み重ねがあったからこそ、今ここに健康な子がいるわけでもあるし。

 

子がおなかに宿ってから二年以上、産まれてきて一年半。ようやく、少し、わたしが落ち着き始めたような気がしている。

 

 

風の強い土曜日に

 

育児に休日は無い。

 

平日、子が起きている時間と夫が起きている時間でかぶっているのは、40分程度。

その他の23時間20分は、わたしがひとりで子の命を繋いでいる。

週末、ようやく二人で子を見られる、と思いきや、早起きな子の起床に合わせて起きるのはわたしだけ。

わたしと同じ時間に就寝したけど夜泣き対応もしていない夫は、それよりも2時間半近く遅くなってから起床。わたしの中で何かが崩れた。

 

「今日は休みにさせてくれ」と突然言い放ち、子のことも家のことも全て預ける。こんなことができるのは夫の性格のお陰でもあるけど…近い月齢の子がいる友だちの旦那群は軒並みこれよりひどい言動で友人たちを精神的体力的に追い込んでいるので、報いを受けろと常々思う。義務教育で妊娠出産子育ての大変さって教えてるんだっけ?

 

保育園の名前つけが終わってないからやろう、晴れて暖かいから大物を洗って干そう、思っていたけど、体が動かない。動かない時は無理にやらない方がいい。平日は、ぼーっとする暇すらなかった。あれこれと子の要求に応えて、三食プラスおやつ二回の献立を考え、食事の支度をし、何度も椅子から立ち上がり脱出しようとする子をなだめながら飲ませ食べさせ、排泄、外遊び、ぐずり、風呂、寝かしつけ、危険がないか見張る…その間に溜まっていく家事、切らしたストックをメモする暇もない。昼寝したと思ってトイレに駆け込んで、やりかけの家事をしている途中で泣き声が聞こえてくる。子の成長に合わせた食事内容は?使っていい食材は?固さ、刻みの大きさは?指先が使えるようになったらどんな遊びをすれば発達を促せるか?家の中でかける音楽は?鼻水が出てきた、便通がよくない、わかってくることと比例して増える要求。まだ言葉がしゃべれないので「うー!うー!」と何がを指差したりぐずったり。それを読み取って対応して。牛乳を飲まない。目新しいものを手で持ちたい。持てないとぐずって何も食べない。

 

こんなことを日々ひとりで対応していたら、夫がうんちのおむつひとつ替えるのに躊躇しているのを見ると秒で爆発しそうになる。

専業主婦で頼れる実家が遠方、二人以上の子どもとなるともっと大変だと思う。

保育園に通わせることになったけど、栄養バランスのとれた食事とおやつ2回を出して食べさせてくれるだけでも、めちゃくちゃありがたい。育児の責任の何項目かの荷が降りるので、すこしほっとしている(ひとの命の90%程に責任を持ち続ける日々からの一部解放)。他にも社会性やら協調性を身につくように促してもらえたり、割愛するけど様々な支援が受けられる。保育士さんは尊い仕事だ。

 

服などの名前つけ作業にやる気が出ずにつらつら書き出した。いつかこの文章を読んで懐かしむ日が来るのだろう。

ベトナムへの旅

 

子はまだ路線バスに初めて乗ったばかりだというのに、飛行機に乗ってベトナムへ行くことにした。1ヶ月以上、海外出張をしている夫に会いに行くためだ。

自分にそんな大胆なことをする発想は無かったが、知り合いの方に「チャンス」と言われ、時間をかけて行くことを決意してチケットを手配した。

 

英語のヒアリングもままならないのに、6ヶ月の赤ちゃんを連れて行ったことのない国へ。

行くと決めたものの、不安でしかなかった。

成田空港の出国手続きですら、よくわからないというのに。

海外旅行経験のある友人や知人にありがたいアドバイスをもらい、「海外旅行 乳児連れ」で検索したりしながら日々を過ごした。

 

自分の旅行のパッキングも苦手なのに、子の分まで(日数以上に着替えやスタイが必要になるため、持ってる服とスタイのほとんどを)パッキングして、あっという間に出立の日を迎えた。

海外旅行好きな母に空港の手荷物検査の列まで付き添ってもらい、とうとう子とわたしの二人旅が始まった。

 

懸念していた飛行機の座席は、バシネット(簡易赤ちゃん用ベッド)を予約していたので、それが設置できるエコノミー最前列の席が取れていた。さらに幸運なことに満席ではなかったため、三人掛けシートの真ん中は空席で、少し気が楽になった。

座席の周りの人が話している言葉をそれとなく確かめてから、日本語やカタコトの英語で「赤ちゃんが泣いたらすみません」と伝えた(これが結構、わたしにとってはハードル高かった)。みなさん、笑顔で全然いいですよーとか、かわいいですね、と言ってくれて、本当にありがたかった。

それから、乳幼児連れだと優先搭乗が可能な場合が多いようだが、「赤ちゃんをキッズスペースなどで遊ばせて、疲れされたところにギリギリで搭乗すると早めに寝てくれる」という知識を得ていたので、ゲート集合時間を過ぎてもキッズスペースで放牧させていた。そして搭乗直前にトイレでおむつ替え。(機内でのおむつ替え、できなくはないんだろうけど難易度高そうだったので)

最後の方で搭乗すれば、周りの席の人への挨拶も一気に済ませられるという利点があることを知人から教わった。

 

事前に得た知識で、離発着時は授乳して赤ちゃんの耳抜きをするとよいとのことだったので、飛行機が陸上を動き始めてから授乳を開始。行きは成功したが、最後の最後、帰国時の着陸時だけは耳が痛くなってしまったらしく、少し泣かせてしまった。

ベルト着用サインが消えたらバシネットをCAさんが設置してくれて、寝てしまった子を横にした。子がだいぶ育っていたので、想像していたよりもきゅうきゅうに収まって眠っていた。(足をまっすぐ伸ばせないくらいの長さだった)

ベビーミールを予約しておいたが、子が寝ていたからか、「食べるか?」とも訊かれずに終了した。帰国便では日本人のCAさんだったからか「お子様が寝ていらっしゃるようですが、いかがいたしますか?」と丁寧に二度くらい確認しに来てくれた(中身に興味があったけど「自分が食べます!」とは言い出せなかった)。

行きの便では何度かぐずって泣き始めたが、秘技・授乳でその都度しのいだ。

話は逸れるが、アジアのゆるい空気の中、初の機内授乳をはじめ、青空授乳(遺跡の敷地内の隅っこで)、タクシー内授乳、ツアーバス内授乳、と色々経験した。日本のように授乳施設など無いし、赤ちゃんの食事は待ったなしなので。

機内では、子が寝てもバシネットから落ちないか、泣き出さないかと心配で、2〜30分ほどうつらうつらとした以外は眠れなかった。

ひと席空けて隣に座っていた(たぶん)ベトナム人女性が何度か子に笑いかけたりしてくれて、起きている子の指と握手したりしていたので、着陸前に抱っこしてもらった。

着陸してから降りる準備をする合間には、挨拶をした後ろの席の青年たちが「赤ちゃんかわいい」と交流してくれ、「俺と目が合ったら笑った〜!」と喜んでいる青年もいて、微笑ましかった。

は〜、着いた着いた、湿気がすごいですねえと思いながらおむつを替えた後、入国審査に向かったら、フロアを埋め尽くさんばかりの人、人、人…。どの列も進んでいるように見えず、赤ちゃんを抱っこしていたけれども、係員さんは忙しいのか優先レーンに案内されず、子がぐずり出したら、そらでお気に入りの絵本を暗唱したりした。

なんとか入国審査を通過し、トランクを拾い上げ、両替して水を買い、送迎の人をみつけてホテルまで送ってもらった。(ここで送迎中に何か世間話とかされたらどうしよう、と心配していたが、一切そんなことはなく、ドライバーさんは運転時間の半分以上を色んな人との電話に費やしていた)

 

ホテルに到着して、フロントの女性に英語で説明を受ける。インフォメーションの紙を示しながらゆっくりと話してくれたので、8割くらいは理解できたつもりだが、最後の最後に支払いについて何を言っているのかわからなかった(が、どうにかなった)。

しきりに15時からのアフタヌーンティーはフリーだから、カットしたフルーツもあります、と勧められた。夫に教えてもらったが、ベトナム人アフタヌーンティーを大事にしていて、会社でも15時になると自席でフルーツを切り始め、夫や他のスタッフにも配ってくれるという。いい文化だなあ。この日は疲れすぎていて行けなかったが、翌日からは、毎日アフタヌーンティーを利用した。

 

この夜、17日ぶりに夫とホテルで再会。疲れて寝ていたので、フロントからの電話で起こされてぽやぽやした頭のまま、生身の夫と対面。安心した。夫が異国へ旅立ったその日から、この子はわたしが守らねばならぬという緊張感を持ち続けていたので、それが束の間、緩んだ。

二日目、三日目は観光。ハロン湾では、子に生まれて初めての乗船体験をしてもらい、さらに三人でカヌーまで乗った。これはわたしも夫も初体験で、転覆しないかと非常に怖かった。四日目は主にお土産探し。そして、わたしが一人で食べてみたかったバインミーをおやつにがっついたり、夫の勧めでわたしだけホテルのスパを1時間受けてきたりした。ありがたい…。

ナイトマーケットの渋滞をゆるゆるとタクシーで進み、その夜にノイバイ空港へ。

夫が手荷物検査のフロアに入る手前まで来てくれ、ギリギリまで別れを惜しんだ。さまざまなことが去来して、頬を涙が伝った。

深夜0:35発の帰国便で日本へ。

ベルト装着サインが点きっぱなしのため、サイン点灯時はバシネットではなく膝の上に抱っこしてくださいとCAさんに言われたので、寝ている子(寝ると重くなる)を抱っこし続けていたが、他の赤ちゃんを見るとバシネットで眠ったまま…腕や背中・腰が限界を迎えそうだったのと、自分が眠れなかったので子をバシネットへ。日本人のCAさんは、バシネットにベルトがあることを丁寧に教えてくれて(行きの便でも教えてくれていたのかもしれないけど、英語だからわからなかったのか…)、ベルトを締めたら少し安堵してまどろんだ。のも束の間、ベトナム時間にして深夜3:00過ぎに機内朝食が運ばれてきた。食べたら目が覚めてしまい、そのまま着陸態勢へ。行きと飛行時間はそんなに変わらないはずなのに、あっという間に到着してしまったような気がした。

 

また夫と離れてしまったが、スリや言語の壁、交通事故の心配も格段に少ない母国に帰ったら、やはり安堵した。

そして、あり得ないと思っていた、子との海外旅行を完遂し、心配が杞憂に終わって本当によかったし、不思議とどこからか湧いてくる自信に自分でも驚いた。

ハードルが高すぎる、とお守りの意味も込めて借りていった翻訳機は、一度も使わずに返却した。何とかなるものなのだ。

夫に会える嬉しさよりも勝っていた大きな不安の元が自信に変わり、また子と二人だけの生活に戻るけれど、前半戦よりも肩の力を抜いて過ごせそうな気がしている。

思い切って、知人のアドバイス通りに行ってみて大正解だった。得たものは夢にも思わなかったほどに大きく、また家族三人で旅に出たいと強く思った。

4カ月健診

早いものでもう子が産まれてきてから4カ月が経った。

書き留めておきたいことは山ほどあるが、毎日子の相手をしているだけで夜になってしまう。

とにかく、始終一緒にいられる今がかけがえのない時間だということは確実で、なるべく子と対面してコミュニケーションしたいので、こうやって記す時間もなかなか確保できず。

 

先日、初めて市の集団検診なるものに参加してきた。

0歳児を連れての外出は容易ではなく(所構わずぐずる、泣く、授乳とおむつ替え必須、長時間の外出に耐えられる体力がまだ無い等)、ましてやこの恐ろしいほどの炎天下に体温調節機能が未熟な赤ちゃんを連れ出すのは気を遣うし勇気が要る。さらに、混雑必至と噂されている健診にどれだけ時間がかかるのか読めないので、一週間くらい前から緊張していた。

受付時間よりも早めに行った方がいいと聞いたが、早く家を出すぎてもいたずらに外出時間が長引いて子に負担がかかる。遅く行けば受付順が後になり時間がかかる。悩ましい。

結局、受付時間の5〜10分前に到着したが、すでに整理番号が10番。みなさん、がんばっていらっしゃる。

 

最初の保健師さんの話でも「暑い中、小さな赤ちゃんを連れてこの会場に来るだけで、大変だったと思います」と労いの言葉。

市の保健師さん、助産師さん、栄養士さんや職員の方々には、妊娠して母子手帳を交付してもらうところから今日まで、大変お世話になっている。

会場では顔見知りの保健師さんや助産師さんがいて、顔を見たら「あら、○○ちゃん!」と子の名前を呼んでくれたり、わたしのことを覚えてくれている方もいて、この地に頼る血縁も無い中で心強いなと改めて感じた。

 

ひと通りの健診を終え、子は問題なく成長しており、胸をなで下ろす。

予防接種もちゃんと受けて、体重も頻繁に測っていたので、母子手帳を見た小児科の先生によくやっていますねと言われて、無我夢中で子のお世話をしているだけだったわたしが認められた気がして、うれしかった。

子も、健診のためにおむつ一丁になると、手足をばたばたと動かして、とても元気でにこにこしていた。

 

これから世のお母さんが苦労するという離乳食が始まるが、栄養士さんが「母乳やミルクしか飲んでいない赤ちゃんが、全く違うものを初めて口に入れて違和感を覚えるのは当然。母乳・ミルクで栄養は足りているので、最初は食べなくても大丈夫」と言っていたので、心が少し軽くなった。気負わずに取り掛かりたい。

 

機嫌

 

これは思春期頃からの課題のような気がするのだが、一旦不機嫌になると、それを自力で直すことが困難である。

「不機嫌でいるなんてもったいない!好きなことして機嫌よくなる!」と言われている方もいらっしゃるが、わたしにとってそれはかなり難易度が高い。

視野が狭くなって、ぐるぐると同じところを回ってしまう。言葉が頭の中で満杯になって、口をついて出てこなくなる。

これは親しい仲じゃないと出てこないので甘えなのだけど。

 

そして君不機嫌な時の自分は、苦しい。

不機嫌が直さなくて、かなり苦しい。

もどかしいし、自己嫌悪にも襲われるし、嫌な気分のまま何時間も半日でも翌日までも持ち越してしまう。

苦しさから逃れたいけれど、憂さ晴らしに甘いものを食べても、寝ても、多少の気分転換にはなっても、身体にまとわりついた不機嫌は消えない。おそらく、不機嫌の原因と向き合うことが必要なのだろうけど…

今思い出そうとしてみても、ハッキリと「これ」と言えるものがすぐに出てこない。

日々の小さな不満の積み重ねだったり、一番よくあるのは「我慢」が溜まりすぎているのだと思う。それがいつしか、何かのきっかけで「自分はこんなに我慢しているのに…!!」と爆発する。原因が大きな何かではなく、小さなものの集合体なので、即効性のある解決法がすぐには出てこないのかもしれない。

 

とりとめないけど、今日はここまで。

 

咲くよ

 

あまりにたくさんのできごとが起こっていて、なにから書けばいいのか、検討もつかない。

 

毎日、できることが増えていたり、またできなくなっていたりして、同じ日は二度とない。

先週くらいから、顔の筋肉の引きつりによるものではない笑顔が出てきた。

これ、ほんとにうれしすぎる。

天にも昇る心地とはこのことだ。

泣くか飲むか寝るか、謎の奇声を発して手足をうごめかしているかだけだったのが、ここへきて「喜」の感情を表出するようになった。こっちの方が100万倍うれしいよ。笑ってくれてありがとう。

 

1ヶ月頃まではよく吐く子で、ほんとうに毎日心配したし、気を遣ったけど、2ヶ月に入った途端、パタリと吐かなくなってきた。たまに吐くけど、かわいいものだ。

そしてそのたまに吐いた時も、本人はケロッとしてる。むしろ笑顔。吐いて即笑顔。あまりの無頓着ぶりに声を出して笑ってしまう。すると、子もうれしそうにキャッキャと笑ってくれた。しあわせだ。たったこれだけのことが、宝物だと思える。